公開: 2023年3月14日
更新: 2023年4月8日
中世までの人々は、太陽が地球の周りを回っていると考えていました。天の星は、全て遠くにある天球上にあり、天球が北極星を中心に地球の周りを回っていると考えていました。この古代ギリシャの天文学をさらに発展させた理論が、プトレマイオスによって提案されました。それは、天球はひとつの球ではなく、いくつかの球によって立体的に作られていると言う説です。これによって、見た目の天体の動きは、かなり正確に説明できました。特に、惑星の動きは正確に計算できるようになりました。
ポーランドの天文学者であったケプラーは、惑星の観測を長期に渡って続け、イスラム天文学も学んで、天体が地球を中心に回っていると考えるよりも、地球や他の惑星が太陽を中心に回転していると考える方が、説明が簡単になることを見出していました。このケプラー達の研究成果を踏まえ、望遠鏡を発明したガリレオも観測を続けて、地球を中心に天球が回転していると考える「天動説」よりも、地球が太陽や宇宙の星の周りを回転していると考える方が、説明が容易になることを見出し、「地動説」を唱えました。
天動説を基にしても、地動説を基にしても、天体の動きは説明できますが、地球から遠く離れた所にある星と、比較的、近くに所にある星が、同じように動いていると考えると、遠い所の星は、普通では考えられない速度で動いていなければなりません。ですから、天の星が動いていると考えると、不都合なことになります。現在の物理学で考えると、遠くにある星や銀河は、光よりも速い速度で動いていなければならないことになります。つまり、アリストテレスが正しいと主張した、プトレマイオスの天文学は、否定されるのです。
聖書の記述に基づいて、アリストテレスの主張である天動説を取り入れていたカトリック教会の教えは、理論的には誤っていたことになりました。